行神社(悠紀)と須岐神社(主基)②の詳細

行神社(悠紀)と須岐神社(主基)②
秩父・仙台まほろばの道
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記事タイトル 行神社(悠紀)と須岐神社(主基)②
概要

行神社の話をしますと、こちらは境神としての猿田彦命を祀っています。 のどかな里に鎮座しています。 この看板の説明は、一見、普通の文章のように思いますが、 中身は深い内容です。  前回の須岐神社とちょっと内容かぶります。 『奈良平安期に、国が奉斎する神社名を記した神名帳に、 登…… more 録された神社を「式内社」と呼び、 陸奥国に百座、黒川郡には四座が 祀られているが、行神社はその内の一社である。 行神社の祭神は、猿田彦命である。 神社名から「行く」の意味とする一種の道祖神、岐神となり、  往環の守り神と考えることができる。 「行き」を靭(ゆき)ととると、軍事の神として祀り、 大衡にある須岐神社を鋤神ととらえ、農業の神として蝦夷経営にあったとも考えられる。 また、大嘗祭の時に東に悠紀殿、西に主基殿の二殿が特設されて、 祭儀がとり行われるが、富谷の「ゆき」、大衡の「すき」は、 みちのくの朝廷多賀城と結びつけると、 なんらかの関係が考えられる。』 ここへ何百人という騎馬民族が開拓のために押し寄せてきた。 埼玉県の歴史では、  『中央は蝦夷に対し、律令制遂行の拠点として、 蝦夷の攻撃を予測して 軍隊を常駐させて防衛機能を備えた柵を設置しました。 764年恵美押勝の乱で、入間郡(埼玉)出身の物部広成は、 入間宿禰の姓を賜わる。  788年蝦夷征伐が積極的にすすめられると副将軍として活躍した。 809年武蔵国幡羅郡(埼玉県熊谷市、深谷市)から多賀城へ 米5斗が部領使に運ばれ、 胆沢城出土の文書より武蔵国の農民が、 蝦夷征伐に挑発されていたことが記されている』 軍備のために人が必要だったので、武蔵の農民までも駆り出されて 徴兵されていたわけです。 そんな人たちが、何百人とも何千人とも定かではないが、 武蔵から大量の人たちが住居を余儀なくされたわけです。 ですから、宮城県は関東から来た人により開拓がおこなわれたのだから、 武蔵の豪族、武士の系譜をもつ人が多いのです。 この神社の前にある沼は、塩釜神社の7つの釜のうち、 3つの釜が行方不明になったとの伝承があり、 そのひとつの釜が、この沼に沈んでいると伝わります。 7つの釜=北斗七星かもしれませんが、7つの神宝と考える。 後で話ます。  色麻町は、四竈と言っていたので、ここは「竈」なのです。 これは星神の天津甕星(ミカボシ)ですかね?  ---------------------------------------  以前から七ツ森には「化粧沼」とか化粧をした池がある話をしてました。  マロ(坂上田村麻呂)がそんな化粧姫を追っかけしていたみたいな話で、 岩手県にもありました。 この話が前回のシタテルヒメと繋がり、 忌部の話で、 絹と麻の融合でできたと伝わる「倭文(しとり)」 というのが、鳥取県にあったのです。 倭文神社といい、祭神がアメノハズチオで、 機織りに関わった氏族=倭文氏の祖神という。 社伝には、シタテルヒメに関係する話が多く、 この神社には出雲からきたシタテルヒメが漂着した場所だという。 で、このシタテルヒメにも「化粧水」伝承があるのです。 要は女性の御利益がある神社なわけで、 神功皇后も化粧池の話があり、イボ水伝承になっていきます。 シタテルという言葉は、洋服を「仕立てる」の意味かもしれません。 飛んで兵庫県。  アカルヒメとシタテルヒメが混同してますが、 メノウが化身というアカルヒメの赤玉の夫は、 新羅王の天日槍(アメノヒボコ)と言われます。 この夫婦の関係は、「玉と剣」です。 アメノヒボコを祀っているのは、兵庫県にある出石神社(いずし)です。 昔は、但馬国(たじまのくに)と呼ばれていました。  出石神社の祭祀は、『古事記』や『日本書紀』などの記す天日槍 (あめのひぼこ、天之日矛/天日桙) 伝説との深い関わりで知られるとの事。 そのうち『古事記』応神天皇記では、天之日矛は新羅王子であり、 その昔(応神天皇以前)に日本に渡来したとする。  そしてその渡来の経緯として、天之日矛は妻を追って日本に渡来し『難波』に着こうとした が着けなかったため、 新羅に帰ろうと但馬国に停泊していたが、 そのまま但馬国に留まり多遅摩之俣尾(たじまのまたお)の娘、 前津見(さきつみ) を娶って子孫を儲けたという。 また天之日矛は「玉津宝(たまつたから)」と称される神宝8種を将来し、 それらは「伊豆志之八前大神(いづしのやまえのおおかみ)」と称されるとする。 続けて、その伊豆志大神の娘の伊豆志袁登売神(いづしおとめのかみ、出石乙女) の神婚譚が記される。 「妻を追って日本に渡来し難波に漂着」とあるので、 前回に書いた難波に漂着したアカルヒメことを示すでしょう。 この話に登場する一族が、宮城県にきて須岐神社を建てたと思います。 その一派が石巻へ行ったと。。。 共通するのは、七ツ森の「宮床」が古くは「難波」という地名だったこと。  零羊崎神社に祀られている栄存法印の故郷は大阪。おそらく難波でしょう。 その土地に住んでいた但馬の息子と対立した話になっている。 須岐神社の赤崎明神→天日槍→但馬国→牧山(零羊崎神社)。  ユキ・スキの関係というのは、布=領巾(ヒレ)というものをエミシの地にもたらし、 貴族社会が入ってきた古くは、七ツ森であったと考えるのです。 なぜ七つ森なのか・・・これは「諏訪神」と関係すると思いますが、 後にワタツミなど海民の息長氏がやってきたと思います。 石巻はその和邇氏一族と息長氏がやってきます。出羽国でいう丸子氏(武蔵丸子氏)。 この和邇氏は、アテルイと関係しており、古代の製鉄民で卵伝承をもつ朝鮮系。 だから鳥でニギハヤヒ→鳥海山の手長足長明神へ繋がる。 息長氏は、神功皇后を崇拝していました。 エミシの酋長が七つ森に住んでいたから、征伐の対象になっているわけですが、 皆、都から逃れてきた人たちです。 蘇我氏と物部氏の大化の改新劇で、散ってきた人たち。 ある説では、七つ森にいた首長が南下して蔵王麓の古墳群に葬られたと。 ※「七つ森は語る」より これが高倉下という人の剣に関係すると思う。 確かに「高」の地名や寺名(高蔵寺)が多い。七つ森の山名に「高倉山」があることからも、高の倉(蔵)とも。 知る人ぞ知る高倉下の剣。こっちがホンモノという話・・・。(いろいろあるのでパス) マロが石神山精神社で布を奉納したという伝承があるのは、「ヒレ」のことでしょう。 十種神宝に登場するヒレ。このヒレは石上神宮に絡む物部氏なので、それを行った物部氏一族と坂上田村麻呂との関係。 しかし、その神宝の一つとされるヒレは、元は備前国(現在の岡山県)の石上布都魂神社にあったという。 ヤマタノオロチを切った剣=布都御魂。 それを物部氏が持ち出して奈良の石上神宮に納めたとか。 勝手に持ち出したのか、許可されて持ち出したかまではわからない。 ここから神宝の取りあいみたいのがあって、栄存さんの宝の話に繋がっている気がするのです。 七つ森にマロが来ているのだから、当然、物部守屋(古くはウマシマジ)一族がここにも逃れてきている。 秋田物部氏ですね。 また鶴なんだぜーっ。 『ひおい鶴』 ウマシマジの鶴。(物部神社の御祭神「宇摩志麻遅命」) この石東の地を平和な豊かな地域とするため、鶴に乗って御降臨されたと。その山を鶴降山という。  この鶴に乗って勝運を運んできた神にちなんで真っ赤な太陽を背負った鶴を、 全国で唯一この物部神社の御神紋と定められましたと。 また鶴が降りてきた。 ----------------------------------------------- 零羊崎神社の近くに、栄存神社があります。 ここに伝わる伝承は、 以前に書いていましたので割愛しますが、 栄存法印は大阪からずっと大事にもっていた「かえで」の神宝がありました。  しかし、牧山の領地だった但馬出身の笹町の息子からその神宝を 殿へ渡すよう言われます。 栄存法印は村人に慕われ、いろんな施しをしてくれたので、 笹町但馬の息子の父は栄存法印を受け入れていたのですが、 息子は、神宝の「かえで」を栄存がもっているのはおかしいといった 言い分で、大事に持っていたかえでを手放すよう言われます。 それを拒否した栄存法印に対し、「かえで」という女性を密かに妻にしていると いったでたらめを言いふらした。  密会をしていると疑いをかけられた栄存法印は、 その罪を問われ、島流しにされてしまいます。 (栄存神社より)天狗がもつ羽団扇 兵庫VS大阪。  牧山を支配する神宝について、なぜ但馬は栄存さんを問い詰めたのか・・・。 もうここからは、行神社、須岐神社とは関係ないので、 次に続けてかきます~。 close

行神社(悠紀)と須岐神社(主基)②
サイト名 秩父・仙台まほろばの道
タグ 東北地方の伝説(宮城県) 神社
投稿日時 2019-04-25 16:20:05

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