須賀神社 角豆祭(ささげまつり)② 『鉾は男で鈴は女?』の詳細

須賀神社 角豆祭(ささげまつり)② 『鉾は男で鈴は女?』
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記事タイトル 須賀神社 角豆祭(ささげまつり)② 『鉾は男で鈴は女?』
概要

 京都市左京区 須賀神社 角豆祭・・・5月第2日曜 ①鉾と鈴京都の祭では写真のような鉾の行列がよく見られます。鉾の上部には鈴がついており、腰を上下させて鈴を鳴らしながら歩くというもので、『鉾差し』と呼ばれています。鈴といわれていますが、鐘のような形をしています。鐘のよう…… more な形のほうが音が響くのかも? ②もともとは拝殿には鈴はなかった。神社の拝殿に大きな鈴が取り付けられているんをよく目にします。鈴緒とよばれる縄を振り動かして、鈴を鳴らしてから、柏手を打って参拝するのが作法ですね。しかし鈴を鳴らしてから参拝するというやり方は戦後になって広まった作法のようで、もともとは鈴を鳴らしたりはせず、柏手を打って参拝していたようです。現在でも出雲大社には拝殿に鈴はないそうです。 ③神楽鈴の歴史は1283年にまで遡る?神社に行って祈祷をしてもらうとき、巫女さんが神楽鈴(巫女鈴)を手に持って振ってくれたりしますね。巫女鈴とは棒に3段の輪をつけ、上段に3個、中団に5個、下段に7個の小さな鈴を1合計5個取り付けたもので、七五三鈴とも呼ばれるようです。 大阪天満宮 えびす祭この神楽鈴がいつごろから用いられているのかよくわかりませんが、もしかしたら1283年の春日若宮臨時祭礼にまで遡ることができるかもしれません。(もっと古いかもしれませんがw)1283年の『春日若宮の臨時祭礼記』に「舞楽・田楽・細男とともに、児・翁面・三番猿楽・冠者・父允を一組とする翁猿楽が演じられた」とあります。翁猿楽とは能の演目『翁』のことでしょう。現在とは若干異なる部分があったかもしれませんが、能『翁』に三番叟(黒式尉)が鈴を鳴らして舞うシーンがあるのです。↑上は八坂神社で奉納された「翁」です。黒い翁の面をかぶった黒式尉が神楽鈴のようなものを手に持って振っています。大阪天満宮の巫女さんが持っているものと違い、2段のように見えますが。 ↑ こちらは能「翁」のルーツと考えられるかもしれない(?)奈良豆比古神社の「翁舞」です。やはり手に鈴を持っています。こちらの鈴は3段になっているようです。 ④鉾は男で鈴は女?鉾差しは男女和合を表す?飛鳥坐神社に「むすびの神石」と呼ばれる石があります。 向かって右は男性器を、向かって左は女性器を象った石です。女性器を象った石は鈴に似ていますね。鉾は男性器、鈴は女性器を象ったもので、鉾差しは男女和合を表しているのではないでしょうか?⑤物実の十拳剣は男・みすまるの珠は女をあらわす?「鉾は男、鈴は女というが、なぜ男の黒式尉が鈴持ってるんだ?」って?ひとつには、翁が持っている鈴は物実(ものざね)ではないか、ということが考えられます。記紀にこんな話があります。高天原にやってきたスサノオを、天照大神は「高天原を奪いにきたのではないか」と疑いました。そこでスサノオは疑いをはらすために『誓約(うけい)の子産み』をしようと言いました。まず天照大神がスサノオの物実)である十拳剣(とつかのつるぎ)を噛み砕き、ふっと吹き出した息の霧から三柱の女神(宗像三女神)が生まれました。次にスサノオが天照大神の物実である『八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠』を噛み砕き、ふっと吹き出した息の霧から 五柱の男神(正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命・天之菩卑能命・天津日子根命・活津日子根命・熊野久須毘命)が生まれました。スサノオの十拳剣からうまれた三柱の女神はスサノオの子、天照大神のみすまるの珠からうまれた五柱の男神は天照大神の子とされました。スサノオは「私の心に邪心がないので、私の産んだ子は女神だったのです。」といいました。ここに「物実」という言葉が出てきますが、物実とは「物事のもとになるもの」を意味する言葉です。そして「天照大神がスサノオの物実である十拳剣をかみ砕いてふっと息を吹きだした」とか、「スサノオが天照大神の物実であるみすまるの珠をかみ砕いてふっと息を吐き出した」というのは、古代流のベッドシーン描写ではないかと私は考えています。つまりスサノオの十拳剣は男性器、天照大神の『八尺の勾玉の五百箇のみすまるの珠』は女性器の比喩ではないかということです。⑥なぜ女媧は手にコンパスを、伏義は手に直角定規を持っているの?中国の女神・女媧は手にコンパスを、男神の伏義は手に直角定規をもっており、コンパスは天を、直角定規は地をあらわすと言われています。https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AAnonymous-Fuxi_and_N%C3%BCwa3.jpghttps://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a9/Anonymous-Fuxi_and_N%C3%BCwa3.jpg よりお借りしました。作者 匿名 [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由で中国では、天は円く、地は方形であると考えられていました。(天円地方/てんえんちほう)陰陽で考えれば、陰は女性や大地を、陽は男性や天を表します。すると女神である女媧が天を表すコンパスを、男神であるが地をあらわす直角定規をもっているのは逆のように思えます。私は、女媧が手に持つコンパスは伏義の物実、伏義が手に持つ直角定規は女媧の物実ではないかと思います。 ⑦千歳が三番叟に手渡した鈴は女性の物実?翁舞にこんなセリフがあります。↓三番叟は黒い面をかぶった翁、千歳は子供です。※現代語訳は友人にやってもらいましたw。??はどう訳していいかわからないところw。ほかに現代語訳の間違い等があったらご指摘をお願いします。 三番叟おおさようさよう、喜びありや、喜びありや、我がこの所より、ほかへはやらじとぞおんもう( おお、そうだそうだ、喜びがあった、喜びがあった。この喜びを自分のもとより、他にはやるまいと思う。)三番叟着面し、千歳は鈴をもって問答となる。三番叟のう、あらめでた、おのに心得たるとの、大夫殿に見参申そう。  ( のう、ほんとうにめでたい、自分が心得たと、大夫殿に対面いたしましょう。)千歳ちょうどまいって候(ちょうどまいりました。)三番叟たがおたちにて候へ(誰がお立ちになっているのですか。)千歳年頃のほうばい、つれ友達、御宮殿の為にまかり立って候。三番申楽きりきり尋常に、おん舞そうて、座敷ざっと御なおり候へ、尉殿。(長年の友人、連れ友達が、御宮殿に参上たてまつりました。 三番申楽をてきぱきと常のように舞って、?? 尉殿。)三番叟のう、この色の黒い尉が所のご祈祷 千秋万歳と舞い納めようば やすう候、先はとの大夫殿はもとの座敷におもうおもうと御直りそうて、尉が舞おうずるをいかにも、おもしろう おんばやし候らへ(のう、この色黒の尉がご祈祷、千秋万歳と舞を奉納するのは容易なことです。まずは殿大夫殿はもとの座敷にと思いつつ、しっかりとお座りくださって尉が舞うのをいかにも面白いとお囃子ください。)千歳われらが なおろうずるは、じょうどんの前よりもってやすう候、まず御舞い候らえ(私たちが元の場所に戻りますのは、尉殿の(舞ますよりもさらに)かんたんなことでございます。まず、舞ってください。)三番叟ただ御治り候らえ(ただ元のところにおおなおりください)千歳さらば鈴を参らそう(そうでしたら、鈴をさしあげましょう。)三番叟あら ようがましや候(あら、よいかんじですね。)(鈴を千歳からうけとる) 所作 千歳とは、千年のことで、ここから転じて長い年月のことを言います。千歳と呼ばれる少年は不老長寿の聖霊なんでしょうか?(ポーの一族のエドガーみたいですね)そして不老長寿の聖霊が三番叟の長年の友人であるということ?そして、千歳が三番叟に「舞ってください」三番叟が千歳に「席に座ってください」と押し問答?わからないことが多いです。しかしこの押し問答は千歳が三番叟に鈴を手渡すことで決着がついたようで、三番叟はこのあと舞い始めるのです。千歳が三番叟に手渡した鈴はパートナーの物実ではないでしょうか?もちろんそのパートナーとは女性で、三番叟は女神と和合したということではないかと思ったりします。  ⑧男女和合は荒魂を和魂に転じる呪術祭と男女和合に何か関係があるのか、と言われそうですね。私は男女和合は荒魂を和魂に転じる呪術ではないかと考えています。仏教の神・歓喜天は男女が和合したおすがたをしておられ、次のような伝説があります。https://commons.wikimedia.org/wiki/File%3AIcon_of_Shoten.jpghttps://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c7/Icon_of_Shoten.jpg よりお借りしました。作者 不明 (平安時代の図像集『別尊雑記』(心覚 撰)巻 42より) [Public domain], ウィキメディア・コモンズ経由でインドのマラケラレツ王は大根と牛肉が大好物でした。牛を食べつくすと死人の肉を食べるようになり、死人の肉を食べつくすと生きた人間を食べるようになりました。 群臣や人民が王に反旗を翻すと、王は鬼王ビナヤキャとなって飛び去ってしまいました。その後ビナヤキャの祟りで国中に不幸なできごとが蔓延しました。そこで十一面観音はビナヤキャ女神に姿を変え、ビナヤキャの前に現われました。女神は『仏法を守護することを誓うならおまえのものになろう』と言い、ビナヤキャは仏法守護を誓いました。この物語は、御霊・荒魂・和魂という概念をうまく表していると思います。神はその現れ方で、御霊(神の本質)・荒魂(神の荒々しい側面)・和魂(神の和やかな側面)の3つに分けられるといわれます。そして荒魂は男神を、和魂は女神を表すとする説があります。すると神の本質である御霊とは男女双体ということになると思います。御霊・・・神の本質・・・・・・・歓喜天・・・・・・・男女双体荒魂・・・神の荒々しい側面・・・鬼王ビナヤキャ・・・男神和魂・・・神の和やかな側面・・・ビナヤキャ女神・・・女神また、荒魂(男神)に和魂(女神)を和合させることで、御霊という神になると、そういう信仰があったとも考えられるのではないでしょうか。 ⑨三番叟は春日若宮と同体で、母神と和合して奈良豆比古神になった? 増尾正子さんの『奈良の昔話』(http://www.mynara.co.jp/1DPic/d1-54.html )に、次のような内容が記されています。 771年、光仁天皇が奈良山春日離宮に父・志貴皇子の御霊を祀った。780年 11月21日  春日大社の第四殿のご祭神「姫大神」を勧請して中殿に祀った。後に三殿に春日王も祀られた。 1136年 11月21日 春日若宮も勧請して「奈良坂春日三社」と号した。 春日大社の姫大神や春日若宮が奈良津比古神社に勧請されたというんですね。奈良豆比古神社には神殿が3基あり、中央が平城津彦神、向かって右(北)が施基親王(志貴皇子)、向かって左(南)が春日王となっています。この中には姫大神や春日若宮の神名はありませんが、彼らはどうなってしまったのでしょう?『春日大社の第四殿のご祭神・姫大神を勧請して中殿に祀る。』とありますね。中殿とは中央の社殿のことでしょう。しかし御祭神は姫大神ではなく、平城津彦神となっています。『後に三殿に春日王も祀られた。』とありますが、春日王が祀られているのは向かって左(南)の社殿なので、三殿とは向かって左(南)のことをいっているのでしょう。志貴皇子はどの社殿に祀られたのか記載がありませんが、現在北の社殿の御祭神が施基親王(志貴皇子)となっています。北(一殿)・・・・施基親王(志貴皇子)中央(中殿)・・・現在は平城津彦だが、姫大神を祀ったという記録がある。南(三殿)・・・・春日王※春日若宮がどの社にまつられたのかは不明春日若宮はどの社にまつられたのかはわかりません。さらに記録のない平城津彦神とはいったいどういう神なのでしょうか。私は中央(中殿)の平城津彦神とは、春日若宮と姫大神を和合させた神ではないかと思います。姫大神は春日若宮の母神なので、母子で和合させたということになりますが、神の世界のことなので、そういうこともありかも。若宮様があまりに祟る神なので、それを押さえつけるためには、同じ年頃の女性ではだめで、一世代上の若宮様の母親を抱き合わせるのがよいということになったのかもしれません。ちなみに雛人形のルーツは和歌山県・加太淡島神社のお守雛だと言われますが、男装をした神功皇后が赤ん坊を抱く姿で表現され、これも母子で抱き合わせた例といえそうです。 ⑩春日若宮は志貴皇子だった?私は春日若宮とは志貴皇子のことだと考えています。その理由については長くなるので、次の記事をお読みいただきたいのですが翁の謎⑬ 春日若宮おん祭 『春日若宮様は志貴皇子だった?』 簡単にいうと、こういうことです。12月にこの春日若宮様のお祭り、おん祭が行われていおり、12月16日深夜に若宮神社の前で新楽乱声(しんがくらんじょう)が奏されます。 雅楽における楽譜のことを唱歌(しょうが)といいますが、12月16日の新楽乱声の唱歌は『トヲ‥‥トヲ‥‥‥タア‥‥‥ハア・ラロ・・トヲ・リイラア‥‥』と記されます。そして能翁では翁は『とうとうたらりたらりら』、翁舞では『とうとうたらりたらりろ』という謎の呪文を唱えるのですが、これは『トヲ‥‥トヲ‥‥‥タア‥‥‥ハア・ラロ・・トヲ・リイラア‥‥』にそっくりです。春日若宮は志貴皇子と同体なので、志貴皇子を祀る奈良豆比古神社に勧請され、先に勧請されていた姫大神と和合させる形で祀られたのではないでしょうか。そして三番叟は春日若宮であり、手に持つ鈴は母神・姫大神の物実ではないかと思ったりします。 ※まとめサイトなどへ無断で転載することはおやめください。歴史ブログ・旅 free style もよろしくお願いします~。ありがとうございました!にほんブログ村     close

須賀神社 角豆祭(ささげまつり)② 『鉾は男で鈴は女?』
サイト名 心の旅
タグ 京都の祭 神社
投稿日時 2019-05-23 06:00:04

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